ひびきさんの体験談

医師の知識不足のために、退院時に間違った指導をされ、長く苦しい時期を過ごすことに。

体験談寄稿 NO.6 ひびきさん

2012/10/02 更新

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Data

    • 2003年2月生まれ
    • 先天性サイトメガロウィルス感染症

STORY

長男を療育しながら、2人目を妊娠

2002年7月末ごろ、2人目の妊娠に気がつきました。
その頃、保育園で問題児だった長男の育児にも手を焼いていました。
悪阻が強く、2週間ほど入院をしていた時に、理由は不明ですが肝機能が高いと言われ、同時に治療も行いました。
私の退院後、長男が保育園の先生に「自閉症ではないか?」と言われ、相談機関にて判定を受けました。
その後、療育などが始まり大変忙しい毎日でしたが、お腹の赤ちゃんは順調そのものでした。

胎内で赤ちゃんが育っていない ~ 総合病院を受診

2003年1月、お正月が終ってすぐの7ヶ月の検診でした。
前回の検診より赤ちゃんが全く育っていないとのことで、「タバコを吸っているのでは?」と聞かれましたが、私は長男の妊娠を機に禁煙し、以来一切喫煙していない事を伝えると、腑に落ちないといった表情で「とりあえずまた2週間後に来て下さい。」と言われただけでした。

しかし、診察室を出てすぐ、「これはまずい事になった」と思ったのを覚えています。
2週間も様子を見ていていいのかと不安に思う中、次の週に私が発熱してしまったのです。
おそらく風邪だろうという事でしたが、赤ちゃんが小さいし、育っていないので念のためにと、また入院し風邪の治療を受けました。
風邪の症状はすぐに良くなりましたが、毎日のエコーでは赤ちゃんの元気はあるものの、やはり育っていないことがわかり、万が一に備えてNICUのある総合病院に転院してくださいと言われ、しぶしぶ総合病院を受診しました。

子宮内発育不全と診断、羊水検査を受けるが異常無し。

今までの産院とは全く違い、何もかも無機質に思える看護師さんの態度や診察に不満はありましたが、赤ちゃんが元気であれば元の産院に戻るつもりで初診日を迎えました。

受診して最初に言われたことは、「予定日間違えているだけじゃないの?」ということでした。
「赤ちゃんが小さい(25週 推定体重530g)以外は特に異常ないけどね。羊水が少ない程度かな。とりあえず、入院して、赤ちゃんを大きく育てる点滴でもすればいいんじゃない?羊水検査もしてみよう。」と言われ、私の意向も聞かないうちに入院手続きが進んでいました。
入院時の診断名は IUGR(子宮内発育不全)でした。

入院してからは、薬剤の名前は覚えていませんが、「妊娠糖尿病の状態を作り出し、赤ちゃんを大きくする」という内容の点滴を使った治療を受けました。
入院して4日目の羊水検査では赤ちゃんが動いてしまい、何度も針を刺され、ひたすら痛みと恐怖に耐えていました。
検査後、お腹が張ると赤ちゃんの心音が途切れるという事で、張り止めのウテメリン6Aとマグネゾールの24時間点滴が始まり、急に強い張り止めの点滴にひどい副反応でベットから起き上がることもやっとの状態になってしまいました。
それでも医師の話では「赤ちゃんが育たない理由はわからない。案外産んでみたら何事も無く元気なんじゃないか?」ということだったので、私も気楽でした。
正直、入院中も上の子の方が心配だったので、早く生んで療育を再開させたい思いでいっぱいでした。

33週、帝王切開で1090gの赤ちゃんが誕生

入院して3週間後。羊水検査の結果、染色体に異常はありませんでした。
「結局何故大きくならないかは判らないけど、推定体重も1000g越えたので、明日帝王切開で出産して、赤ちゃんのほうはNICUのDr.に任せましょう。」と言われ、妊娠33週でそのまま出産となりました。

2003年2月14日 身長37cm 体重1090g誕生。
元気な産声が聞こえほっとひと安心でした。次の日には陽菜と命名。
待望の女の子に夢が広がっていきました。


陽菜生後1日目

NICUに入った陽菜の経過は比較的順調で特にコメント無しと言われる毎日でした。
黄疸は出ていましたが、早産だった為という事で数日、光線療法を受けていました。
経過が順調だったので、本当にお腹の中の居心地が悪かっただけで元気なんだと信じて疑いませんでした。

産後1ヶ月検診で初めて、サイトメガロウイルス感染症疑いを告げられる

しかし、そうして迎えた私の産後1ヶ月検診では、「胎盤が200g程度しかなかった事と、解剖の結果、胎盤が石灰化していた」という説明がされたのです。
私はもちろん「何故そんな事に?」と聞きました。
その産科Dr.が「なんだろうね。わからないな。でも赤ちゃん元気なんでしょ?それならいいじゃない。」と言い、病理検査結果の報告書を雑に放り投げたシーンが妙に印象的でした。

その後、NICUにいる陽菜の面会に行きました。
珍しく、NICUのDr.に「お話したい事があるので、ご主人も来れる日を教えてください。」と言われ、「なんだろう?順調だから今後の方針かな?」という程度に考え、割と早く話し合いの日程が決められました。
NICUのDr.は「お母さんの体調は順調ですか?」と確認した後、「実は…」と話始めました。
「陽菜ちゃんがお腹の中で育たなかった理由は『サイトメガロウィルス感染症』じゃないか?と疑っています。」とのことでした。
生後2日目位にそう疑い、CT検査をしてみると脳に石灰化した部分が見られたという事も説明されました。
しかし、すでにそのウィルス感染症の確定診断の時期は過ぎてしまっているので、疑ってはいるが確定はできないのだという事も言われました。
(当時の医師の説明では生後3日目の尿を検査しないと確定診断できないということでしたが、今の医学では生後3週間までなら確定診断ができるとのことです。)

正直、何を言っているのか全く判りませんでした。
サイトメガロという名前さえも、何もかも…。

その上、「陽菜はどうなるんですか?」と聞いても「判りません。」としか言ってもらえず、なんだか悲しさよりも怒りがこみあげてきました。

「どうして疑った時にすぐに教えてくれなかったのか?」
「検査できる時期が過ぎてしまうのも判っていたのに、何も私達になぜ言わなかったのか…?」
その後、廊下で会った産科のDr.にこの事を告げると「まさか。本当に?」と絶句した後、
「ごめんなさい…僕自身初めての症例で…知らなかったんです…。」と。

医者が「知らない・判らない」という事をどうやって調べればいいのだろうと、
ひとまず家にあった家庭向け医学書を見てみても、「サイトメガロウィルスはTORCH症候群の一つです」とあるだけで、全く良く解りませんでした。

次の日、また陽菜に面会に行った時、看護師さんから「昨日の話の続きで、『もしかして検査できる方法があるかもしれない、できるのであれば検査を希望するか?』とDr.が言っていました。」と聞き、「お願いします。」とだけ伝えました。
正直、今まで何も教えてくれなかったのに…と不信感でいっぱいでした。

その後Dr.から、1ヶ月過ぎてしまった陽菜の尿からPCR法でウィルスの遺伝子が出るかを調べる…というような事を言われました。
ただし、保険は使えない検査なので、高額な自費での検査になってしまうが、大学病院で研究している方に、陽菜の尿を「研究の材料として」提出するなら無料で検査できる事を説明されました。
同意し検査をお願いすると、その調べる機械が札幌医大にしか無いので、そこに依頼をしますと説明されました。
後日、「先天性サイトメガロウィルス感染症、間違いなくお母さんから感染したものだ。」という結果を聞かされ、自分は満足に子供を産めない人間なんだと自分を責めました。

その一方で、陽菜の経過は順調でした。

生後4日目で946gまで体重は落ちましたが、生後41日目に経口哺乳開始、48日目体重1933gで保育器から出て、5月になる頃にはGCUへ。
生後100日のお祝いをGCUでしてもらい、5月末に退院となりました。

退院時に医師から間違った指導をされ、長く苦しい時期を過ごすことに。

退院時にはNICUの担当Drから、
最終的にはCMV感染症によりおそらく障害は残るであろうという事、
今はその障害はどんなものになるか全くわからないという事、
脳波では点頭てんかんの波が出ているので発作をよく観察する事、
ABRの結果は正常であったこと、
神経学的な症状は小頭症のみなので普通の育児をしてあげて下さい、何もかも普通で十分です、
という説明がされました。
最後に、「上の子にも障害があるという事で、お母さんの心情を考えるとCMV感染症の事を言えなかった。」という謝罪の言葉と、今後の注意として、「陽菜が1歳になるまでは『お母さんも陽菜ちゃんもCMVを出し続けているので、感染を広めない為にも妊婦さんのいる場所へは近づかないで下さい』。」というものがありました。
この最後の言葉は退院後、最も私を苦しめました。

そして、特に妊婦に会うなというのは本当に地獄を見た気分でした。
妊娠している友達に「産み終わるまで会えないんだ」と電話しては泣きました。
自分のせいで陽菜を感染症にしてしまった、さらに世の中にCMVという訳のわからないウィルスを撒き散らそうとしている自分達がいる。
普段の買物でも近くに妊婦さんがいたらどうしたらいい?
私達のせいで世の中にCMV感染症が広まったら?
一体自分はいつ感染したのだろう?
…自分と陽菜は 生きていて いいんだろうか?…
本当に「死んだほうが世の中の為なんじゃないか?」と思っていたのです。

当時のNICUの担当Dr.の説明は、CMVは風疹と似たようなウィルスで空気感染してしまうという誤ったものでした。
私にとってはNICUのDr.のその言葉がすべてでした。
自宅でインターネットを見れなかった時代…
何も知らなかった私は、医師の言葉をうのみにし、「ただ近くにいるだけで人に感染させてしまうのだ」と誤解していました。
病院によって(Dr.によって)病気の知識が違うなんて全く思っていませんでした。

生後5ヵ月~てんかん発作。
1歳で脳性麻痺であることがやっとわかることに。

生後5ヶ月の頃、大きなてんかん発作が出てから抗てんかん薬を開始しました。
普通の赤ちゃんと同じように育てて下さいと言われましたが、抱くとすごく強い反り返りがあり、体も硬く、普通の赤ちゃんとは違う印象でした。
首はすわったものの、次の運動の発達はなかなか見られませんでした。
また、ミルクもうまく飲むことができず毎回1時間はかかりました。

上の子の事もあり、どうしたらいいか困り果て、陽菜が1歳になった頃、定期訪問に来てくれていた区の保健師さんの紹介で、訓練入所できる施設に入院を決めました。

そこで初めて、陽菜は、先天性CMV感染症による「脳性麻痺」であることがわかり、手帳の取得を勧められ、申請すると身体障害者手帳1種1級と認定されました。
「ミルクがうまく飲めないのも、口に麻痺がある為なので、マッサージをしてあげて、手であごの動きを手伝ってあげて下さい。おむつ換えも難しいほど体も相当硬いので毎日PT・OTを行い、STで摂食の訓練も進めましょう。」といった説明がされました。

「普通の育児をしてあげて下さい、何もかも普通で十分です。」と言われたのは何だったんだろう?実は重い障害を持つ子だったじゃないか!
現実を突きつけられ、何も希望が持てなくなりました。
私は障害児しか産めないのか…いや、健常児だった陽菜を自分が障害児にさせてしまったんだ。
誰のせいでもなく、自分が全部悪い。
普通の子育てをしている友達がうらやましく思え、でも、それは叶わないという現実を受け入れるのに相当時間がかかってしまいました。

さらに入院後の検査では 左の耳が全く聞こえていないという結果を知らされました。
「生まれた時は聞こえていたんです。」と当時もらっていた検査結果のデータを見せて言うと、
「確かに新生児の頃は反応がありますね。でも今は全くありません。」という事でした。
「もしかしたら、いつの間にか聞こえなくなっていたんですね。右耳も同じ事にならないように気をつけて様子を見ていきましょう。」と言われ、
CMVが進行性の難聴を伴うという知識のなかった私は大変ショックを受けました。

9歳~

2012年、陽菜は9歳になりました。
最近のMRIでの所見は 大脳・小脳・脳幹に「皮質形成異常」と「脳室拡大」が見られ、脳溝も浅く、脳全体が「未熟」とのことで、今後もてんかん発作に十分なフォローは必要です。
また、発声のみで会話はできませんが、表情や態度で感情を教えてくれます。
知的理解は1歳程度という事です。
上半身は左側に、下半身は右側に強い硬縮がありますが、3歳で寝返り、ずり這いができるようになりました。
4歳で筋乖離手術を受け、体は伸びるようになり、股関節も開くようになりました。
幸い右耳の聴力はまだ保たれているようです。
今は他の疾患もなく元気に過ごしています。

上の子も陽菜も障害があり、普通の子よりも大変な事も多いのですが、
私に色々教えて気づかせてくれる為に生まれてきてくれたのだと思えるようになりました。
とてもかわいい自慢の子供達です。

悔やまれるのは「知らなかった事」

この体験談を書くにあたって、色々な事を整理して思い出しました。
やはり、一番悔やまれるのは
「CMVの感染によって、自分には全く無症状でありながらも、大切な子供に取り返しのつかないダメージを与えてしまう事があるということを『知らなかった』」という事です。
私自身はもちろん、病院側にも知識が無さ過ぎたのではないか?と思っています。

私は、NHKの報道を見て初めて、上の子の食べ残しの整理などのお世話でCMVに感染することが多いことを知りました。
これには、私も心当たりは大有りでした。知っていれば予防できたかもしれません。
また、それくらいCMVは本当にどこででも感染し得るウイルスで、多くの人が持っているんだということを知り、
自分と陽菜だけが特別にウイルスを持っているわけではないことがわかり安心しました。
自分や陽菜が生きているだけで、知らない人に感染を広げてるのではないかと思っていた私には正直、救われる情報でした。
そんな誤解をずっとしていたこともあり、自分たちが差別されるんじゃないかと思い、最近までCMV感染者だという事をあまり人に話す事ができませんでした。

また、もしかして、妊娠初期の「肝機能が高い」と言われた頃に感染していたのでは?と最近になって考えたりしますが、当時は「悪阻の影響」と言われ、何も調べる事もなく過ごしていました。
でも医師に知識があれば、もっと早く感染がわかり治療もできたかもしれない、と思います。

私の受けた間違った説明も体験も(10年前だから、という事はあるかもしれませんが)「無知」の結果です。
また、もし抗体検査を妊娠に気がつくと同時に受けていたならば、また医療機関でも知識や理解があったのであれば、正しく予防する手立てはあったのかも知れない、と思います。

「今自分に出来る事は、周囲の人達にCMVというウィルスの危険を知ってもらい、
妊娠を希望している人がいるなら是非抗体検査を受けてもらえるよう話していったり、
予防する手立てを伝える事なのではないか?」と、最近になってようやく思い始めました。
自分を責める事をしていても、何も進まない、始まらない。
陽菜も精一杯生まれてきてくれたのだから、その存在の為にも知ってもらいたい。

患者会設立にあたり、CMVだけではなくトキソプラズマという同じように胎内感染する病気と闘う方とお会いすることができました。
トキソプラズマも同様にちょっと基礎知識があれば防ぐ手段があるという事や、医療関係者への周知が広がってもらえるなら救われるな…と思います。
だって私にも可能性があったのかも知れないですし…。
私もこの活動を通して、正しい知識をもって胎内感染を予防してもらいたいし、世間に知ってもらう事で母子感染で悲しむ家族が減る事を望んでいます。


陽菜2歳頃

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