てらっしゅさんの体験談

ネットで病気の事を調べれば調べる程辛くなり、泣かない日はありませんでした。

体験談寄稿 NO.8 てらっしゅさん

2012/10/02 更新

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Data

    • 2011年生まれ
    • 先天性サイトメガロウイルス感染症

STORY

順調そのものと言われていた妊娠経過

2011年の冬、次女は37週6日、2650gで産まれました。
妊娠中の血液検査やエコーで異常は無く、健康且つ順調に成長し、途中偽陣痛が酷かったのでウテメリンを処方された以外に問題らしい問題はありませんでした。
順調そのものと先生に太鼓判を押されてました。
思ったよりも早く陣痛がきたものの、37週を超えていたので不安に思う事もなく、看護実習生2名が立ち会いながら無事に出産しました。

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生後6日目。体重2381g、母乳3ml X 8回。
黄疸(総ビリルビン値21.4mg/dl)による光線治療のため目隠し中。(光線治療は10日間続いた)
両腕に点滴をしており、片手は輸血用、もう片方は栄養剤や投薬用。左足に酸素モニター、時々血圧測定。
右足は皮膚損傷の治療中。口には母乳を入れるためのチューブ。
この時はまだサイトメガロウイルスが原因だとは判っていなかった。

救急車で転院しNICUへ

お産の後の対面で気がついたのが、頭のてっぺんから足の先まであった内出血。
小さな赤い点が体中にありました。
看護師さんからは、「本来ならば後頭部から出てくるはずが、おでこから出てきたので多少圧迫されて内出血してるんだと思います。そのうち消えますよ。」と言われました。
その割には足の先まで内出血があるのはおかしいなあと思いつつもそういうものかと軽く考えていました。
夜になって赤ちゃんの体温が下がったり、酸素飽和濃度が低かったりして少し容態が不安定でしたが、やはりまだ深刻な問題だとは思っていませんでした。
翌日になって通常の血液検査で血小板の数が9000/ulしかなく、かつ黄疸を示す総ビリルビンの値が14.6mg/dlだったため、この病院では対処出来ないという事で救急車で別のNICUへ搬送されました。
すぐに血小板輸血と光線治療を行い、TORCH検査も行われました。?当初主治医は、
1)TORCH検査が全て陰性だった事、
2)症状が新生児同種免疫性血小板減少(NAIT)に似ている事から、
当初主治医はNAITであると診断し、免疫グロブリン製剤による治療を行いました。
しかしながらこの製剤の効果が全く見られなかったので、血小板は輸血を繰り返しても下がり続け、かつ私と主人の血液検査結果からNAITが否定されたため、今度は骨髄異常を疑いました。
血液検査では赤血球と白血球には異常は見られなかったので、血小板のみが産生できない病気の可能性があると言われ、骨髄検査に踏み切りました。
結果、血小板の大元である巨核球が確認できなかったので、骨髄異常の可能性が濃厚となりましたが、まだ結論は出せずにいました。

一度は否定されたTORCH症候群、しかし再検査で陽転

主治医は再びTORCH検査を実施し、その結果サイトメガロウイルスIgMが前回は陰性だったのがわずかに陽性の反応が出たため、確信はまだ持てなかったけれども先天性サイトメガロウィルス感染症と考え、ガンシクロビルの投与を開始しました。
同時に尿のDNA検査を行い、陰性だったらガンシクロビルの投与を中止、陽性だったら継続とし、ある意味見切り発射でした。

薬があるならどんなものでも試してもらいたい~国内未認可の治療も

この時入院してからもう2週間が経過していたので、 早く原因を知りたい、対処療法だけじゃなくて治療してもらいたいと思っていました。
尿検査でははっきりと陽性反応が出たため、先天性サイトメガロウイルス感染症と断定し、ガンシクロビルによる治療をプロトコールに従って開始しました。
また海外ではCMV高力価γグロブリンが使われているようだったので、 私達は主治医にこの薬について質問し、CMV高力価γグロブリンもガンシクロビル投与期間中に受けることができました。
後で知った事ですが、CMV高力価γグロブリンは実は国内販売されていないということでした。
娘は2回投与を受けたのですが、日本で発売されていないという説明は主治医から無く、 特殊なものとは思っていませんでした。
この時は薬があるならどんなものでも試してもらいたい、保険が利かなくてもいいから、とにかく助けて欲しい、治療して欲しいと思ったので、ガンシクロビル以外の薬もあるなら使ってもらいたかったです。 主治医が最初から使うつもりだったのか、あるいは私達の要望を聞いてくれたのかどうかはわからないのですが、投与してくれたので、とても幸運でしたし良い主治医に出会えたと思いました。
国内未発売だからだめかも、と思わずにとりあえず医者に聞いてみよう!とこの体験談を通して頂ければよいと思います。


生後一か月

検査結果が怖くて聞けない

原因がサイトメガロウイルスと判明した時点で直接母乳を与える事を中止し、凍らせた母乳を与える様にしました。

ガンシクロビル投与中、副作用である好中球の減少が確認されたので、そのときはガンシクロビルを減薬し、好中球が回復したら通常の量のガンシクロビル投与を行いました。
また貧血も進行し、ヘモグロビンが6.9g/dlまで下がったため赤血球輸血を結局2回行いました。
ガンシクロビル投与中は1週間に1回、CMVのコピー数を尿/血漿/血球で調べ、投与開始から6週間目でようやく検出限界以下に達し、投薬を終了しました。

その後も検査を続け、一度ウィルスのコピー数のリバウンドが確認されましたが気になる数ではなかったので、ガンシクロビルの追加投与は行いませんでした。
産まれてから1ヶ月間の間に7回の血小板輸血を行いましたが、ガンシクロビル治療中に少しずつ数が回復して行きました。
総ビリルビンも下がってはいましたが直接ビリルビンの値が高かったので、ウルソにより胆汁排泄を促進させ、かつエコーで胆嚢と肝臓の観察は行っていました。 これらの繰り返される検査結果を聞く事が私は途中で怖くなり、主人がまず主治医と話し、その後で「良い結果と悪い結果、どちらから先に聞きたい?」と主人から話を聞く様になりました。

血小板やビリルリンの値、貧血等まだ完全には回復していませんでしたが、自宅療養も可能と主治医が判断したため、約3ヶ月後に退院しました。


血小板数(クリックで拡大します)

妊娠したときに知っていれば、上の子の世話をするときに
もっと気をつけることが出来たと思います

約15年前に私が献血をしたとき、サイトメガロウイルス陰性だと言われました。
なので献血要請があった場合は極力協力して欲しいと言われたくらいでした。
このときはCMV陰性である自分の血液を誇らしく思いましたが、まさかそれが自分の子供を苦しめるとは全く思いませんでした。

CMVがどんなものなのか、妊娠したときに知っていれば、上の子の世話をするときにもっと気をつけることが出来たと思います。
自分は陰性だと知っていたのにも関わらず、それを生かす事が出来ず、次女には可哀想な事をしたと申し訳ない気持ちで一杯です。 私は悪くないと多くの方が言ってくださいましたが、それでも自分を責めずにはいられませんでした。
と同時に実はまだ出産していないのではないかと妄想してみたり、上の子がいれば十分だ、どうして私がこんなに苦しまないといけないのか、と思ったりもしました。

ネットで病気の事を調べれば調べる程辛くなり、泣かない日はありませんでした。
次から次へと出て来る問題点、一向に改善しない病状、採血のために真っ青になった両手の甲、原因不明だった2週間、繰り返される検査、これらを思い出すと今でも苦しくなります。
赤ちゃんが横に居ないのに3時間ごとに夜中も搾乳し、NICUでは他のお母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげる様子を横目で見ては泣いてました。

本当によく泣いてました。
こんな思いをするお母さんが、病気に苦しむ子供が一人でも減って欲しいと、切に願います。

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