生食ブームに潜むリスク:食肉におけるトキソプラズマの現状

岐阜大学応用科学学部客員准教授 松尾加代子先生

第82回日本寄生虫学会大会で発表された「生食ブームに潜むリスク:食肉におけるトキソプラズマの現状[1]」という研究について、発表者の松尾加代子先生(岐阜大学応用科学学部客員准教授)のご厚意により最近のデータを交え、一般向けに読みやすい形で編集したものをご紹介致します。

 

はじめに

妊婦がトキソプラズマに感染した場合、初感染時のみ先天性トキソプラズマ症として流産、死産の他、胎児に網脈絡膜炎や水頭症を起こす。
しかしながら、妊婦における抗体検査は義務ではなく、現段階では国内での感染状況を把握することは困難である[2]
小児感染症学会による独自の調査では2006~2008年の3年間に6例の先天性トキソプラズマ症が報告され[3]、うち1例は加熱不十分な肉の摂取との関連が疑われている。

一方、成人ではAIDSや抗ガン治療によって免疫抑制を生じる状況下において、リンパ節炎や脳炎が引き起こされる[4]
トキソプラズマは食肉を介して感染する重要な人獣共通寄生虫症のひとつであるが、近年、そのリスクは軽視される傾向にある。
しかし、近年の生食ブームに伴い感染の危険性が高まっていると言える。
諸外国では豚だけでなく、羊や鶏、牛など様々な家畜、家禽において調査が行われ、地域によってはトキソプラズマに対して高い抗体陽性率が報告されている[5,6]
一方で、日本では猫と豚肉のみが感染源として注視されるばかりで、その他の食肉においてはトキソプラズマのリスクは不明なままであった。
そこで、今回の調査では、生食のリスクを探るためと畜処理された牛についてトキソプラズマの抗体調査を行った。

ポイント!
  • 食肉を介してトキソプラズマに感染する危険性が軽視されている。
  • 肉の生食ブームにはトキソプラズマ感染のリスクが潜む。
  • 今回、牛肉のリスクを評価するため、牛のトキソプラズマの感染状況を調査した。

材料および方法

2012年7~11月にと畜時に採取した血液を用いて、ラテックス凝集反応キット(トキソチェック-MT、栄研)によるトキソプラズマ抗体保有率を調べた。
牛の内訳は、乳用ホルスタイン種101頭、肥育用ホルスタイン種86頭、交雑種103頭、黒毛和種80頭の計370頭であった。

ポイント!
  • 今回の調査では、370頭の牛を対象に、トキソプラズマに対する抗体保有率を調べた。
  • 牛がトキソプラズマに対する抗体を保有する場合、感染の可能性が高いことを示す。

成績

全体の6.5%にあたる24頭が陽性の基準とした抗体価64倍以上を示した。
内訳は抗体価64倍が18頭、128倍が5頭、512倍が1頭であった。
最も高い512倍を示した牛は22ヶ月齢の肥育ホルスタイン種であった。
各品種間で統計的に有意な差は認められなかった。
陽性牛の月齢は、最低が肥育ホルスタイン種22ヶ月、最高は乳用ホルスタイン種128ヶ月であった。
調査対象とした月齢平均は乳用ホルスタイン種69.6ヶ月、肥育ホルスタイン種22.1ヶ月、交雑種28.4ヶ月および黒毛和種28.1ヶ月であったが、月齢と陽性牛との有意な相関は認められなかった。
また、陽性牛が特定の農家や産地に集中することはなかった。

ポイント!
  • 370頭のうち、24頭(6.5%)の牛が抗体保有陽性と判定された。
  • 抗体を持つ牛の筋肉には人への感染源となるシストが含まれている可能性がある。
  • 陽性牛が特定の農家や産地(都道府県)に集中することはなかった。

考察

今回、調査を行った牛の6.5%からトキソプラズマ抗体が検出されたことから、日本国内の牛もトキソプラズマに感染する機会があり、人への感染源となる可能性が示唆された。
陽性牛が少ないため限られた解析ではあるが品種、月齢および産地いずれにおいても陽性率との相関が認められなかった。
すなわち、特定の汚染農家が存在するのではなく、どこで飼育された牛であっても飼育環境の汚染により感染する危険性があると言える。
なお、汚染の原因となり得る猫の抗体陽性率については、国内調査の成績では0~20%程度と報告されている[7]

ポイント!
  • トキソプラズマの汚染が特定の農家、農場に限局する状況ではない。
  • どこで飼育された牛であっても、トキソプラズマへの感染リスクは0ではない。

調理不十分な牛肉や羊肉を与えられた子供においてトキソプラズマ抗体陽性率が顕著に上昇したという報告がある[8]
また、2012年9月に公開されたトキソプラズマを含む先天性感染症患者会のホームページでは、実際に先天性感染児を出産した母親が生肉の摂食歴を語っている[9]
食肉の生食はトキソプラズマ感染を引き起こすリスクがあることを再認識し、特に妊婦や免疫抑制状態の患者への啓発を行い、今後さらに食肉における寄生虫の実態調査を行っていく必要性があると考えられる。
現在、今回と同様に鶏、馬および豚についても調査を進めるとともに、食肉からのトキソプラズマ虫体の検出を国立感染症研究所や岐阜大学獣医寄生虫学研究室などと共同で試みている。
また、今後は牛の感染時期の推定や飼育環境中の猫の存在及び感染率の調査にもつなげていきたい。

ポイント!
  • 海外の報告では、調理不十分な肉を食した場合、抗体陽性率が上昇している。
  • 肉の生食は寄生虫感染のリスクを高めることを、知らしめていく必要がある。

引用文献

[1] 松尾加代子:生食ブームに潜むリスク:食肉におけるトキソプラズマの現状.第82回日本寄生虫学会大会(2013)

[2] 石山聡子、足高善彦: 妊婦におけるトキソプラズマ症検査の意義. 神戸常磐大学紀要, 1:31-39(2009)

[3] 森内浩幸:TORCH09 先天性・周産期感染症の実態調査:先天性トキソプラズマ感染.第43回日本小児感染症学会学術集会(2011)

[4] 矢野明彦:日本におけるトキソプラズマ症. 九州大学出版会(2007)

[5] Dubey JP.: Toxoplasma gondii infections in chickens (Gallus domesticus): prevalence, clinical disease, diagnosis and public health significance. Zoonoses Public Health, 57(1):60-73 (2010)

[6] Raeghi S, Akaberi A, Sedeghi S.: Seroprevalence of Toxoplasma gondii in Sheep, Cattle and Horses in Urmia North-West of Iran. Iran J Parasitol, 6(4):90-94 (2011)

[7] Maruyama S, Kabeya H, Nakao R, Tanaka S, Sakai T, Xuan X, Katsube Y, Mikami T.: Seroprevalence of Bartonella henselae, Toxoplasma gondii, FIV and FeLV infections in domestic cats in Japan. Microbiol Immunol, 47(2):147-153 (2003)

[8] Dubey JP.: History of the discovery of life cycle of Toxoplasma gondii. Int J Parasitol, 39(8):877-882 (2009)

[9] 先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会 「トーチの会」: http://toxo-cmv.org/

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